【前編】合コンで中国人留学生を演じきった話
「ギラギラしてきたぁ~~!!」
テーブルの向かい側の複数人のうち、中央の1人がそう言い、宴がスタートした。
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話はその数週間前に遡る。
私が大学生の頃バイトしていた居酒屋はK市の歓楽街にあり、魚や野菜は懇意にしている近隣の業者さんが届けてきてくれる。その居酒屋の店主と、仲のいい業者のおじさんの口約束により、その宴の開催は決定された。
「うちの男どもと、そっちの女の子たちでコンパ開こう!」
配達バイトは寮生のシマらしい。歴史ある国立大学の自治寮とあらば、バイト留年麻雀喫煙異性交遊無しと相場が決まっている。
とにかく双方の店主の勝手な思い付きで、6:6の合同コンパというものが開かれることになった。
居酒屋バイトとコンパという名目だったが、実際バイトが全員コンパに参加してしまったら労働力的に困るので、バイト数人が友達を引っ張ってくるというその流れになった。そんな中、私が自分から行きたいと言ったのか、来てと言われたのか詳細な流れは忘れてしまったが、その日予定が空いていた私も必然的に参加する運びとなった。
別に恋愛活動をしようとは毛頭考えていなかったが、「合コン」という文化に純粋に興味があった。
そういった儀式は、田舎の大学では日常的に行われていない。そもそも大学が少ないのでインカレサークルもほぼ存在しないし、私は何もサークルなんか入ってない陰の者だ。私にとって「合コン」は、創作物でしか見たことのない机上の儀式だった。そんなレアリティの高い儀式が身近で開かれるとあっては、好奇心が踊るのだった。
私は「合コン」について、マンガやドラマなどで見る偏った知識しかもっていなかった。合コンに来る異性は全員がっついていたり怪しいビジネスをやっているに違いない、自分はそういったことには興味がないから、何らかの自衛が必要だ、と考えた。一見してヤバいやつ、話しかけたくなくなるような人物を演じ、自らに話題が来ることはない中で、バイト先のおいしいお酒とおいしい料理を安く味わいつつ、この儀式の観察者になる必要があった。
そこで思いついたのが「中国人留学生を演じる」ことだった。明らかにカタコトで気合の入ってない服装でいれば、日本人による日本人のための合コンという儀式を、外から観察できると踏んだ。そもそも中国の血は入っているし文化もそこそこ分かるので、いけると思った。
私がその作戦で参加すると知って、バイト内の参加者R子もなぜかその作戦に乗ってきた。私とR子は、大学内のカフェでルーズリーフを広げ、中二病患者のごとく自らの設定を練った。結果、
私→シン・サト(日本語読み)、文学部の中国人留学生、ボランティアサークル「グリフィン」に所属
R子→白井貴子、文学部、私と同じくボランティアサークル「グリフィン」に所属
というそれぞれのパーソナルデータが決定した。
「でも知ってる男の人いたらやめるからね」とR子は言った。R子はサークルも入っているし男子寮の知り合いが多い陽キャなのだ。
ちなみに「グリフィン」はメンバー20名ほどで、海岸のごみ拾いなどをしているサークルだ。経済学部の3年生が部長を務めており、創立4年ほどとまだ若い団体である。サークルのシンボルは双翼だ。オリジナルTシャツも作っている。尚もちろん実在しない。シンボルマークもちゃんとデザインしてルーズリーフに描いといた。
私はバイト先の大将に「私はジャージで中国人のふりしますよ」と宣言した。常連さんにも宣言しておいた。
そうして10月の2週目か3週目の土曜夜、時は満ちた。
私は、宣言通り紺地に青いラインが入っている高校のジャージを上下着てきた。高校名も入ってないただの紺色の地味なジャージなので助かった。
女性陣のほうが到着が早かったので、私は(こういうのは男が先に着いてて、後から入ってくる女たちが着席するのを舐るように見定めるものじゃないのか?)と思った。
こちらのメンバーは、上座からY恵、C子、R子(白井貴子)、K子、A子、私(シン・サト)となった。
Y恵はC子が連れてきた友達で私とも面識があるのだが、C子はY恵について「安くおいしいもん食べれるから~~」とだましだまし連れてきたことを白状し、Y恵もうなずいた。
A子は誰が連れてきたのか覚えていないが、とにかく私とは初対面だったので、観察者としては、数合わせで来ているのか本気で戦に臨んでいるのか、はかりかねていた。と思いきやそわそわとトイレに行き髪をセットしだしたので、間違いない、A子はガチのマジでキテるぜ、と確信して私はにやついた。
K子とは面識があった。普段あまり化粧っ気がなく、浮いた話も聞かない彼女だったが、その日はピンク系のアイシャドウをしていたので、意外だったが気合を入れてきているらしかった。
面識のないA子以外には、「私は中国人のていでいるので、ツッコまないでくれ」と一言言っておいた。女性陣のノリ次第では、「この子嘘ついてま〜〜す!!!wwww」と晒し者になる可能性があるからだ。
そうこうしているうちに男性陣が到着して、到着が遅れたことを詫びつつ、みんな着席した。
「ギラギラしてきたぁ~~!!」
テーブルの向かい側の、中央の1人がそう言いながら座り直し、宴がスタートした。どうやらこの桑田佳祐を小さくして少し丸くしたような男性は、かなりのガチのマジで本気でこの場に来ていて、ギラギラしているらしかった。
全員の飲み物を注文して飲み放題をスタートさせなければならないのだが、いかんせん10人以上でがやがやしているし女性はギラギラしてないし、積極性に欠ける。
ヤバい!盛り上げなければ!と思った。ここで盛り上がらないと「合コン」という儀式が本来持つべきである奔放性が下がると思った。私は本能的に
「生でいい人~~???!!!」
と叫んだ。向かいの男性陣は「お~~ノリノリじゃ~~ん!!!!!」みたいなことを言ってきて、私はとりあえず盛り上がりの創造に成功したことに祝杯を挙げた。
とりあえず盛り上げたので、私は小さくなって気配を消すように努めた。するとどうやら自己紹介タイムが始まったようだった。
「Y恵です、」
「C子です」
「R子です」
???今なんつった?こいつ、R子って言った???白井貴子だろ!!!!白井貴子!!!!一緒に頑張ろうねって言ったじゃん!!!
私は、マラソン大会で一緒に走ろうねと誓い合った女友達にスタートダッシュをキメられた気分になった。 開幕早々に裏切られた。うっそだろお前・・・
一番最後に、私の番が回ってきた。ジャージのチャックを首まで上げて、
「シン・サトでス。ちゅごくからきてます。」
私はアイデンティティを失うわけにはいかない、負けるものか、こいつらに絶対個人情報を渡さないぞ!強い決意のもとスはxっぽく発音した。
「へ~~」という空気になった。
以降はできるだけこの宴の輪の外にいるように努力した。誰にも話しかけられなかったし話しかける気もないので、聞き耳を立てつつ一人で梅酒ロックを飲みまくっていた。
今日はここまで。続きます。
臆病な自尊心と尊大な羞恥心
もともと文章力には自信があった。
作文コンクールではよく入賞したし、小論文のテストでは模範に選ばれたし、そもそも国語に関しては、満点で全国模試一位を二度取ったことがある。
大学を卒業してアカデミックライティングを離れてから、フリーライターとして活動したりして、文章力を落とさぬように書くことを続けたつもりだった。
このブログも、そうした目的で始めたものだった。
今、数年ぶりにアカデミックな文章を求められているのだが、
全く書けなくなっていた。
思い起こせば、くだらないキュレーションサイト()やどうでもいいブログで、文章力が保持されるわけがないのだ。高邁な文章力を維持するつもりで、卑しい文を書き続けていたのだ。
それに気づいて、動悸と不安が増大している。
Amazonでロバを買った。
近所の若者が飼っているロバが脱走した。競走馬のように茶色くてでかいロバだ。ロバは町中を駆け回り、様々な家や店舗に突っ込みまくって、大パニックになった。
そのニュースを見て、「あ、ロバって飼えるんだ」と思った私は、さっそくAmazonでロバをポチった。3000円くらいだった。
翌日の夕方、高さ150cmくらいで、白と黒の牛のような模様で、首に着けられた輪っかにAmazonの白い送付伝票をくっつけて、ロバが家に届いた。
ロバを買ったはいいものの、うちは賃貸のマンションなので、どこに置いておこうか迷った。何も考えなしに思い立ってすぐ買ってしまったのだ。法的には原付や自転車と同じ軽車両扱いだから、賃貸の駐輪場の自分のバイクの隣に置こうかと思ったのだが、嘶いてバイクを倒したりしないか心配になった。それにロバは多分草を食べるだろうから、係留している場所に草が生えていないと困る。賃貸の敷地内を見て歩いた結果、一番雑草が生えているところは違う部屋の駐車スペースだった。その時は停まってなかったが、万一そこに車がいつもいるようならロバが轢かれたりしそうなので、とりあえず様子を見るために自分の駐車スペースに置くことにした。雑草は少しだけ生えていたから一晩くらいはしのげそうだった。私はロープをロバの首にかけ駐車場の後ろのフェンスのあみあみに通して、大きな輪っかを作って結んで、繋いだ。
そうこうしているとやたらとその辺が騒がしくなった。パトカーがたくさん集まってきて、警察がうろちょろしている。何事かと聞くと、「脱走している暴れロバをこの辺で捕獲できそうだ」ということであった。私の住む三階建てマンションの住人も、わらわらと玄関前に集まって野次馬し始めた。
警察が「とにかく危ないから家に入ってください」と、我々を牽制した。私も家に帰れと促されたので、「ちなみに、」と大きな声で警察とほかの住人に話しかけた。
「ちなみに、そこの駐車場にいる白黒のロバは私のロバです」
警察は「ああそう、」と言って捕り物劇に向かっていったので、私は大丈夫かなあと不安になった。それにしてもこのタイミングでロバを買うのは悪かったなあ、私のロバと間違えられたら困る、と遅ればせながら思った。
その夜は長かった。脱走している大きなロバが、町中を荒らしまわっているのだ。火事になっている建物もいくつかあった。災害が起きた後のような、非日常感を味わっていた。
自分のロバが心配になり、外に見に行ったら、何とロバがいなかった。あとには私がつなげたはずの輪っかだけが残っていた。ロバの首に輪っかをかけただけなのだから、ロバが頭を下げたら逃げ出せてしまうのは至極当然だった。ロバを買ったことにしても、繋いだことにしても、どうして自分はよく考えないで行動してしまうのか。発達は健常のはずだが、ADHDじゃないのかと考えてしまい、少し鬱になった。
まだ夜は続く。
近くにいた警察いわく、ロバが二頭野放しになっているということだった。ああ私のロバもその辺を走り回っているのか、と頭が痛くなった。
私も自分のロバを捕まえようとした。
目撃情報のあった付近を捜していると、暴れロバと私のロバが走り回っていた。走り回っていると言うか、競馬しているように駿馬だった。私のロバが暴れロバを止めようとしているかのように、二頭は入り乱れながら駆けていた。
暴れロバは見境なく建物に突っ込んでくる。私もヤバイ、と思ってコンビニに避難したが、うずくまった背中の後ろに暴れロバが突っ込んで来たらしく、無数のガラスの破片を浴びた。店舗は入り口がガラス張りだから困る。
ロバ達はその場からは去っていったが、私は自転車で追いかけた。ロバが巻き起こした混乱のせいで、町のところどころが、爆撃されたかのように火を噴いていた。私のロバのせいにされたら、賠償金がヤバイことになるなあと思いながら、それらを見た。
考えていたらロバを見失いそうになってしまった。人々の群れや幹線道路を気をつけながら横断し、8kmくらい自転車で、ロバを追いかけて走り回った。
火事のせいか明け方のせいか空が白んできた頃、やっと自分のロバが暴れロバを説得したか打ち負かしたかしたらしく、二頭はおとなしくなった。
自分のロバは警察によって、街路樹に係留されていた。その場に着いた私は、ロバを褒めた。私のロバは何故か190cmくらいになっていた。白黒のロバの顔をたくさんさすって、頬ずりをした。
自分のロバを連れ帰った。いつの間にか自宅マンションは堅固にリフォームされていた。見上げると、部屋数は変わらないようだった。夜の間に、対ロバとして強固な住宅に改装されたらしい。駐車スペースも狭くなっていた。仕方がないのでロバは、屋根付き駐輪場に留めることにした。
駐輪場には既に、私の自転車、バイクが置いてある。その隣にロバを繋ぐことにした。
今度は逃げないように、しっかり首輪をつけて、首輪の金具にロープを結んで、駐輪場の柱に固く繋いだ。そうしていると、制服を着た妹が自転車に乗って帰宅してきた。
私は妹に「なんかさあ、駐輪場狭いんだよね」と話しかけた。
妹は自転車を降りながら、私の自転車、バイク、ロバを一瞥して「仕方ないじゃん、賃貸だもん」と言って、先にオートロックを開けて家に入ってしまった。
私は「そっか、賃貸だもんな」と言った。そして、自分がいない間にオートロックになっていることに気付き、入れてもらおうと慌てて妹を追いかけた。
という夢を見ました。